幸せってなんですか。
昨日、青山のレストランにいった。
レストランの中には大きな水槽があり、その中を多くの魚が泳いでいた。
ゆったり流れる時間の中で、魚を眺めている時間はなかなかよく、物思いにふけった。
僕はこういう物思いに耽る時間が好きだ。日々の喧騒の中で瞬く間に流れていく時間という概念をはっきりと意識できる「時間」。
魚を見ているうちに考えてみた。
「こいつら幸せなのだろうか?」と。
水槽のなかで一生を過ごす。
「絶対幸せじゃないな。こいつら。水槽の中で一生を過ごすとか俺だったら嫌だな。」
と思う一方、
「もし、魚達が水槽の世界しか知らないのであれば、十分、幸せなのかもな。」
とも思ったりした。
これって魚の話ではないのかもしれない。人間社会でも同じようなことが言える。
先進国に暮らす僕たちは、貧困国にすむ人々を見て、可哀想だなと思ったりしてボランティアをしたり、金銭的援助をしたりする。
でも、彼ら、彼女らって本当に幸せではないのだろうか?
可哀想と思われる対象なのだろうか?
先進国の人々がかける色眼鏡で勝手なバイアスが入ってしまっているのではないか。
そんなことを思った。
現地で「幸せでない人」が実際にどういったことを考え、どういった生活をしているのかに実際に触れてみることを通じて、彼ら、彼女らに寄り添うことを通じてみれば、新しい幸せのカタチも見えてくるかもしれない。